2006年3月18日(土)開催、ポエトリーリーディングライブの告知ブログ。
by aday0522
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[News]ニュースは今そこで起こっている (さとむね)
居残り宿題第二弾「NEWS」です。ニュースですよっ!

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 日々、実に様々なニュースが行きかっている。昔、大人はなぜ、自分に関係のない、見ず知らずの場所の見ず知らずの人々のニュースに一喜一憂するのか不思議で仕方なかった。父はよくTVに向かって怒鳴り散らしていた。金属バッドで両親を殴り殺した青年のニュースに「根性が歪んどる!親の顔がみてみたい!」とわめいた。しかし、父さん、両親の顔はきっと見られないくらいにグチャグチャだろうね。そう言いたいのをこらえた。高校になってからは、ニュースというよりも、父のまるで感情的で破綻した論理に刃向かうのが面白く「それは違うね、ダディ」と反論し、マヨネーズのかけ合いをしたものだ。

 ニュースは常に遠くで起こり、遠くで決着が付いた。近くで起こった銀行強盗をTVで観てやっと実感したりした。世界は僕の外にあった。しかし、それはある日を境に反転する。僕はアーティストなんかになろうとして、日々、外部と遮断された場所で、モノツクリに没頭していた。向かい合うのは自分の精神世界だけだったように思う。そして、そういう者の誰もがそうであるように、精神を病んでいた。しかし、幸か不幸か、なんとかかんとか、それだけで生活できていた。しかし、そのある日はやって来た。まるで、僕の作った殻をぶち壊すように。1995年1月15日、阪神大震災。僕は実家と、僕の持っているものの多くを失った。ニュースは遠くで起こってくれなかった。僕は丸裸で燃え盛る世界のど真ん中に放り出された気分だった。ラジオのニュースにかじりついて、家族の名前がないことに深く安堵した。

 先日、ついに僕も誰かの父親になる日がくることを知った。はははは、パパである。無理に笑ってみる。心のどこにも届かない。今度は厳しい顔をしてみる。だめだ、口元がニヤけている。できちゃったのである。いや、できちゃってない。できるのを待ち望まれできるべくしてできたので、「できたじゃないか」というべきだろう。僕にもやればできるじゃないかという感じ。僕にも!なんだろう、こういう時の男性のふがいなさは。むしろ両親の方が上手に喜んでいた。ただ、これから僕に起こるであろう劇的な変化の予感だけが一番実感のあるものとして感じられた。観るもの触るものの心地が少しづつ違っているような気がした。大きく何かのチャンネルが変わったことだけが理解できた。

「もしも僕の子供が産まれたら」
 そんなことをよく想像して遊んだ。なにして遊ぶ?なにをお話する?ここで、ハッキリさせておきたいが、僕は子供と遊ぶのが天才的に上手い。子供の気持ちが手に取るように分かる。子供は楽しいだけでは楽しめないことも知っている。怖い、さびしい、悲しい、わからない、しりたい、痛い、くすぐったい、いろんな感情をまぜこぜにしてあげないと、心から楽しめないのだ。僕も子供もね。でも、本当にできちゃったので、とても戸惑っている。今から照れくさい。どんな顔してその子の前に行けばいいのだ?「あの、えー、エホン、非常に申し上げにくいのですが、僕が、いや、私があなたの父になることになりましたサトムネと申します。ああ、おたく様もサトムネですね、あー、始めまして」でも、大丈夫。きっとすぐにフリチンダンスで意気投合できると思う。そんなことを思うと、やっと胸に熱いものがこみ上げてきた。二人でフリチン合唱隊を結成するんだ。あ、女の子だったらどうするんだ?

 最近、ふと気が付いた。僕がTVに向かって文句を言っているのである。そう、あの父のように。なぜ、父がどんなニュースにも口を挟んでいたのかが今は良く分かる。世界は無関係ではないのだ。ニュースは僕の世界の中で、僕が責任を持たなきゃいけない場所で起こっている。僕はもうなにひとつ世界のせいにはできないのだと感じている。僕は生まれてくるだろう子供のために少しでも心地の良い寝床を用意しなければいけない。時には耳を塞ぎ、目を塞いであげなければならないこともあるだろうな。その子が傷つかないためなら世界の真実をすこしだけ歪めてもいいと思う。だって世界はあんまり危険すぎる。いつか自然に子供は僕に刃向かうようになる。それまでは、たくさんフリチンダンスを踊るんだ。僕の父がそうしてくれたように。
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by aday0522 | 2006-02-28 01:59 | [News]
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