2006年3月18日(土)開催、ポエトリーリーディングライブの告知ブログ。
by aday0522
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カテゴリ:東京公演-さとむね( 3 )
サトムネ→シゲカネ
初めて観た時、電撃が走りました。
「今日、初めて、こんな場所に来て、初めて詩を読みます」って。
それがめちゃめちゃカッコいいわけ。
嘘やろ、おっさんプロやんか!ってツッコミました。
でも、本当に初めてだったらしい。
いや、今でもちょっと疑っているけどね。

詩ってある程度、技術みたいなものがあって、
で、パフォーマンスって、もう、詩を書く技術とはまったく別個。
これはもう、トレーニングなしでは成り立たない。
と僕なんかは思ってて、結構、内緒で、猛特訓したりするほう。
でも、彼はスラスラっとそれをやってのけた。腹たつでしょ。
彼にはそういう本能みたいなものが宿っている。
これはもう、どうにも太刀打ちできない。
で、僕はさっきも言ったように猛特訓する方なので、
こういう人を見ると、対抗意識をバチバチ燃やすほうなんですよね。

でね、彼はまた女の子にもモテモテなのよ。
黙っててもモテるタイプ。これはもう、悔しいわけですよ。
彼とは何度か女の子たちと一緒に飲みに行ったことがあったんだけど、
僕は負けてなるものかと必死で、モテようとがんばるんですが、
なんかみんな黙っている彼にメロメロなんだわ。
キッーってハンカチ噛んで悔しがるわけですよ。

周りは「大丈夫、全然、芸風も方向性も違うから、対抗しても意味ないよ」
って言ってくれるんだけど、僕は気がすまない。
「絶対、やつには負けたくないんだ」って勝手に対抗してました。
時々、彼のいない舞台で自虐的に彼のモノマネをして笑いをとったりもしました。
だからね、今回は初めてのガチンコですよ。
もう何が起こるかわかりませんよ。
これは絶対、見逃せませんよ。
いや、ホント。
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by aday0522 | 2005-04-11 00:51 | 東京公演-さとむね
サトムネ→ムラタ
初めて出会ったのは5年前にもなる。
その時のことを彼は覚えてくれていなかった。
でも、僕はしっかり覚えていた。
出会いと言うものはそうものである。
今後、なにかある人とは運命を感じるものである。
でも、彼は覚えていなかった…。あう。

その時の僕は大阪にいて、
時々、東京にパフォーマンスをしに来るぐらいだったので、
イベントですれ違う程度だった。
しかし、僕は東京に来るたびに、誰彼なく、彼の噂を聞きつけようとした。
僕自身、彼のパフォーマンスを頻繁に目撃したわけではない。
けれど、なんというか、気になる存在なんである。

詩をやっている人って特有の不安定な感じというのがあって、
詩のイベントなんかに顔を出すと、もう、そういう空気がむわ~んって。
個人としては全然、嫌いじゃないんですよ。
けど、なんかその場の「気」をね、受けちゃうというか、
マイナスの感情がどっと自分に打ち寄せてきて、そこにいられなくなる。
でも、唯一と言うか、彼だけは「マトモ」な存在だった。
いや、ちゃんと表現するならば、危なっかしいくらいマトモ。
おそらく、どんな人通りの中を歩かせても、
彼のマトモな空気感は人目につくことでしょう。
作品にしてもパフォーマンスにしても同じで、すごくマトモなんです。
詩やパフォーマンスは本当はこうあるべき!という事を感じさせられる。
そんな訳で気になっていたんです。

東京に引っ越してきて、あまりイベントには顔を出さないようにしていた。
それでも、彼のことだけは気になっていて、
友人を通じて一度、ちゃんと会いたい旨を伝えた。
どうやら驚いていたのは彼のほうだった。
「何故、俺?」って。
でも、今回の「あたりまえのこと」ってコンセプトは
彼の作品の世界ありきで提案されたものだと思っています。
少なくとも、僕は彼のそういうところにインスパイアされて、
なにか企画したいなと思ったのですから。
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by aday0522 | 2005-04-11 00:50 | 東京公演-さとむね
あたりまえのこと(さとむね)
 当たり前のことってなんだろう?考えると眠れなくなる。こうやって眠くなることも当たり前の事だろうか。でも、当たり前はなかなかムズカシイ。日常には結構たくさんの当たり前じゃない事が当たり前の顔をして潜んでいるから余計に難しくなる。頭のいい友人に質問したら「当たり前は相対的なもんなんなだよ」だって。でも、本当にそうだろうか、ある場合には当たり前が当たり前じゃなくなるのだろうか?

 僕は朝起きて、うんちをして、ご飯を食べて、仕事をして、セックスして、眠る。これは当たり前のこと。でも、これはある場合に当たり前じゃなくなるのか。確かに、そんなこともあるだろう。でも、やっぱりちょっと違うと思う。これは当たり前でなければならない事なんだ、と。そういうことを言うと「それが常識の罠なんだ」と言われた。でも、それが当たり前じゃなくなる世界に僕は住みたくないな。例え、それが当たり前じゃない環境になっても、それを「当たり前だ!」と言い張れるよう、今のうちに腕立て伏せをたくさんしておこうと思った。

 でも、詩を書く事はこれはもう、全然当たり前じゃない。それは当たり前じゃない度でいうと、うーんと、10点満点。詩を書く事を当たり前のことにしてしまったら、きっと、頭が変になる。詩を書く作業、これは、お祭り騒ぎ。「花が咲く」と書いたら頭の中に花が咲く。書き間違えて「鼻が咲く」と書いたら鼻も咲く。時間を超えたり生死を超越したり、なんでもあり。こんなことを当たり前にしちゃいけません。でも、詩には、私たちを本当の当たり前に引き戻してくれる力があると思う。

 アーティストになりたいと思った頃がある。今はそれをとんでもないことだと思う。今はなにになりたいかというと生活者になりたい。始めは絵描きになりたいと思った。なぜか、それで、生活できるようになった。でも、それも普通の日常に違いなかった。朝起きて、仕事して寝る。たくさんのルールとたくさんの心配事に囲まれることには変わりない。役者にも挑戦した、先生にも挑戦した。でも、心配する事は一緒だった。夢もそこに立てばそれは現実なのねということ。だから僕は「夢」という言葉が嫌い。そんなものを追いかけて、精神的に磨り減るなら、日常を楽しむ努力を優先したい。

d0018729_1305269.jpg 「ピアニストを撃て」という映画が好きだった。アーティストは特別な存在じゃない。ピアニストも戦いの中で撃たれる場所になければ、いい演奏が出来ない。撃たれないピアニストには表現するべきものはなにもない!というような映画。僕は撃たれたくはないけれど、どっぷりと日常に浸かって、日常を正しい場所に戻せるような作品が作れたら良いなと思う。奇人なアーティストたちは今すぐ、平和な日常に帰った方がいい。健康のためにもそうしたほうがいい。僕には水晶の悲しみや、魚の祭りの楽しさはわからないけど、吊り輪にしがみつくおじさんたちの腕力の悲哀や、おじさんたちが夢見る火星の楽しさはよく分かるような気がする。
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by aday0522 | 2005-04-06 01:20 | 東京公演-さとむね