東京公演の時、僕だけ、全部のテーマに日記書いてなかったみたいで
居残り宿題です。
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最近ね、「iPod」を買ったんですね。つい最近まで、絶対に買うもんか!と思っていたんです。周りの人々が、うれしそうに「iPod」の奴をちらつかせるのを見て「この資本主義の犬めが!」と心の中で罵っていたのですが、たった一度、会社の女の子に「iPod」の素晴らしさについて講義されただけで、尻尾振って次の日には購入しちゃいました。これね、すごい小さいのに、何十枚分ものCDが入っちゃうのね。それから、曲のタイトルとかも自動で入ったりしてとってもかわいい奴だね。シャッフルして再生したり、すごく頭がいいの。ほら、やっぱりみんな持ってるじゃん。なんかカッコいいじゃん、だから、欲しくなるじゃん、しょうがないじゃん。もう何とでも言って下さい。僕は犬です。ワンワン。
はじめの数日はうれしくって、あのアルバム入れようか、これ入れようか、自分の自転車に乗っている様々なシチュエーションを考えて、曇りの日はコレ、天気の日はコレなんて想像するのが楽しくて会社遅刻したりしたのですが、変化はすぐに訪れました。数日もすると、飽きてきちゃったのです。人ってそうそう聴きたい音楽ってないもんですね。どれを聴いても自分の今の気分にぴったり来ない。逆に音楽を聴くことで、自分の気分を限定しているような気がしてきた。バッハな気分って言えば気分なんだけど、どこかで20%ほど美空ひばりが流れていて、でも、バッハを実際に聴くことで100%バッハな状態になってしまう。20%美空ひばりな気分の中にもしかしたら本日を生き抜くためのとても重要なヒントが隠れているかもしれないにも関わらずだ。
音楽が携帯できるってすごいね、改めて。どれくらいすごいかというと…長くなるから止めておく。それは言葉が身体から切り離され声ではなく文字になったことと似ている。音は楽器や人の身体を離れいついかなる時も再生可能になった。そのことは人がどんな身体的状態や感情の状態に関わらず音楽が鳴るということ。脳みそが直接音楽を聴いているみたいなもの。つまり、例えば僕は、寒いと反射的に「♪おしくらまんじゅうおされてなくな」という歌が頭の中に流れる。何も考えないでいると、自分の状況に合わせて実に様々な音楽が流れていることに気付く。それはめまぐるしく1フレーズをなぞったかと思うと、次の瞬間、別の曲になっていたりする。そのように、心の中の音楽は今、本当に聴こえている音や身体的状況によって、曲を選曲している。時々、聴いたこともないような音楽が流れたりもして…。
というわけで、すでに「iPod」はポケットには入っているけれど、音を鳴らさないシンボルみたいなものになってしまいました。イヤホンは自宅に置いたままです。これは「Ihave MUSIC」というシンボルなのです。でも、僕が持っている「iPod」の方がもっと素敵です。いろんな自然の音がプレインされていて、音楽を取り込まなくても、好きなときに好きな曲の好きなところだけを聴くことができ、しかも、まだ録音されていない自分だけのオリジナルな曲も再生してくれる。それから、なにより誰の「iPod」にも入っていないだろう、豊かな沈黙がたくさん入っています。